A GARAGE FOR LOTUS

愛車LotusExigeと過ごす伊豆山奥の隠居生活

STORY(9) - 初めての夜

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2月のことである。晴天にも恵まれ意気揚揚とエクシージを駆ってガレージに着いた私は、主水栓を開き、水抜きをしてあった水道管に教わった通りの手順で水を通し、新しい木の香り一杯の室内で大好きなレコードを聞きながら愛車を眺め、一人で悦に入っていた。だが、やがてあたりが暗くなるにつれ、寂しくなってくる。初めて迎える夜が近づくにつれ不安が広がってくる。部屋の灯りをいっぱいにして、寂しさを紛らわす。とうとうあたりは真っ暗闇。寒くなってきたのでストーブに薪を足すが、湿っているのか慣れないせいか、思うように火が大きくならない。耳が痛くなるような静けさが襲う。いちばん近いコンビニまで車で飛ばしても30分、ケガや病気で病院までと言えば40分はかかる。一時の思い込みからこんな所にこんなガレージを作ってしまって本当によかったのだろうか? 心細くなって、コーヒーでもいれようと蛇口をひねった。あれ、お湯も水も出ない。最近都会では断水などめったに経験しない。さすがに山の中である。電気ポットの残り湯でいれたインスタントコーヒーをすすりながら、カーテンの隙間から真っ暗な外の様子を覗う。部屋の明かりが漏れ、昼間の暖かいくらいの日差しの中でゆったりと浸かった露天風呂の洗い場が黒く光る。黒く光る?! まさか! あわてて風呂場に飛び出した。案の定、黒く光ったのは氷だった。風呂場は全面バリバリに凍っていた。日が暮れて一気に気温が下がっていたのだ。信じられないことにドアのノブに指がパリパリと貼り付く。断水ではないことが私にも容易に想像できた。水道管が破裂したら大変だ。外へ出て凍結個所を調べようとするが、あたりは鼻をつままれてもわからないような真っ暗闇。懐中電灯もない。みるみる体温が奪われてゆく。息を吸うと肺が痛い。手足の指先がちぎれんばかりだ。おまけに時折ガサガサッと闇の中で枯葉を踏む音、何かいる。寒いわ、怖いわで、為すすべもなく屋内に逃げ戻り、冷えた体を温めようと薪ストーブと悪戦苦闘するがやはりうまく燃えてくれない。こともあろうに電気ポットのお湯まで底を尽いてしまった。毛布にくるまって眠れぬ夜を過ごした。夜が明けて驚いた。いつの間にか一面の銀世界である。帰ろうにもこれでは車が使えない。哀れ、薄いジャンパー1枚に、レーシングシューズといういでたちのまま、バス停までの雪道を、滑り、つまづきながら30分も歩き、一日4本しか便がないバスを待ち、凍えながら、後悔しながら、呪いながら、やっとの思いで町まで下りたのである。初めて泊まったという日に。愛車を置き去りにして。
(つづく,,,)