A GARAGE FOR LOTUS

愛車LotusExigeと過ごす伊豆山奥の隠居生活

STORY(5) - N社長

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次の週末、私はその同じ道を走っていた。不動産屋に会うためである。前の週、偶然に辿り着いた別荘地の雰囲気がとても気に入った私は、無理をすれば手の届きそうな物件をいくつかインターネットで探し出し、早速案内を頼んでいたのである。だが、待ち合わせ場所に現れた不動産屋さんは、いきなり案内を頼んだ物件とは別の物件を見て欲しいと言い出した。どうやら私の車を見て、どこぞの成金とでも勘違いしたようだ。そんな広い土地を買う予算はないからとお断りしたが、見るだけでも見てくれと言われ渋々承諾した。

その土地を見たとき、驚いたことに、あの「鬱蒼とした森の中、長いアプローチの先に佇む小さなガレージ」がそこに見えた。木や雑草が生い茂っていたが、ガレージの位置、弧を描いて延びるアプローチがイメージできた。不思議だ。おそるおそる価格を聞いた。この広さを考えれば高くはなかったが、それでも私の楽観的な予算の倍はした。私は正直に自分の予算を告げ、次の物件を案内してくれるように頼んだ。不動産屋さんは意外な言葉を口にした。「だったらその金額で交渉してみましょうか?」
 
1週間後、電話があった。「OKです。今週中に決めていただけるなら売主はその価格でいいそうです。」混乱した。もともと冷やかし半分のことである。そんなにうまい話があるはずがない。気をつけなければいけない。どんな不動産屋さんかもよく知らない。即決を迫るのは怪しくないか。何か曰くのある土地かも知れない。だが、今まであちらこちら見てきたが私のイメージに合う土地は無かった。いや、もともと私のイメージに合う広さの土地が私の予算では無理だとわかっていた。だが、今それが手の届くところにある。思えば、偶然にこの別荘地に導かれたことも、ここには温泉が引けることも、走り慣れた箱根に近いことも、全てが運命的に一つの方向を示してはいないか。苦し紛れに運命論者になった私はもう一度だけ現地を訪れ、愛車に尋ねた。「お前、ここにガレージが欲しくないか?」

一般的には土地を購入して何年かの間あれこれ考えて建物を建てるものらしい。だが、私はセオリーを無視した。土地を手に入れた以上、頭の中で出来上がっていたイメージを一刻も早く実現したかった。ある日、同じ別荘地内に建築中のログハウスを見つけた私は車を停めて眺めていた。そう、私もログのガレージを考えていたのである。その時突然、後ろから声がした。「すんげぇー車だな。ロータスかぁ。」。振り向くと真っ黒に日焼けした角刈り頭の怖そうな男が立っていた。その男は「ふーん」「なるほど」とか言いながら車を舐めるようにひと周りすると、「にっ」と白い歯を見せて「いいなぁー、いいなぁー」と無邪気にはしゃいでみせた。地元の建設会社の社長さんで、そのログハウスの工事を請け負っているという。彼も大の車好きのようで話がはずみ、私はここに土地を買ったこと、ガレージを作るつもりであること、ログハウスにしようと思っているのでこの現場を見ていたことを話した。すると彼はこんな山の中にわざわざガレージを作ろうという話を面白がって、その場所を是非見せてくれと言い出した。彼を案内しながら、私は頭に描いていたイメージを話した。私の話を聞き終わると、彼はこの傾斜の土地に、この車がアゴを擦らないようにアプローチを作るには専門の技術がいること、そして彼の会社は別荘の設計施工もやっているが、本業は道路工事などの公共工事なのでこうした工事が得意であり、地元の会社なので安くもできると言い始めた。「なんだ、売り込みか」と思った。だが、彼が続けて指摘した点に私は返す言葉がなかった。それはこの辺りは標高800m以上もあること、夏はクーラーもいらないほど涼しいが、冬にはマイナス10度以下になる日もあるような場所だということ、専門的に言うと凍結深度が90センチあり、八ヶ岳や軽井沢に匹敵すること、簡単な舗装では霜と氷の力ですぐにやられてしまい、建物はもちろん、すべての設備を寒冷地仕様にしなければならないこと、伊豆は三方を海に囲まれて降雨量が非常に多い場所で、霧が毎日のように発生し湿気も高いこと、等等。「この車で凍結した道をここまで上がって来れますか?」と彼は悪戯っぽく笑いながら私に聞いた。 確かに私は夏の涼しさばかりに気を取られ冬のことを考えていなかった。伊豆=温暖な気候と思い込んでいた。まさか、そんなに寒いとは思わなかった。なるほど土地が海岸沿いに比べて安いわけである。「だからログハウスも私は薦めません。湿気で痛みも早いし、メンテナンスも大変だし、冬なんか寒くて居られないですよ。だから夏にしか来ないようになって、ますます建物の傷みが早くなる。」 長い間この別荘地で仕事をしてきたN社長はいくつもの失敗例を見てきたという。「都会の人はここらで広い土地を手に入れると、都会では実現できなかった大きな家を建てようとする。それも都会のハウスメーカーに頼むものだから平気で雨樋や換気口を付けたりするが、ここらで雨樋つけたら秋には落ち葉ですぐに塞がってしまい、冬には雪と氷の重みですぐに壊れてしまう。うっかり換気口などつけたら逆にそこから霧が入って室内まで濡れてしまって、たまに来たときにはカビだらけ。」

 その後も、私は彼から多くのことを学んだ。敷地を造成する際は立ち合ってどの木を切るか自分で判断しろ、業者は50年以上育ってきた杉や檜であっても作業に邪魔ならどんどん切ってしまう。木はできるだけ残して冬を越してからどうしても邪魔だと思われるものだけを切れ。秋には落葉して景色がガラリと変わる。落葉して素通しになってからあの木を切らねばよかったと後悔しても元には戻らない、というような話から、冷蔵庫やテレビといった電化製品を買うなら地元の店で買え、都会の量販店で安く買って持ち込む人も多いが、壊れたときにこんな山の中まで修理に来てくれない。地元の電器店なら電話1本ですむ、というような話まで、言われてみればごもっともという話ばかりだった。土地を買うときのセオリーを無視した私には耳が痛かった。別荘といえどもここに住むならここの気候・風土・慣習を知り、地元の人たちやここの自然と協調すべし、ということである。だが一方でN社長は言う。別荘とは主人の趣味で作るもの、常識や既成概念で縛られてはつまらない、都会に建てるのと同じようなものではすぐに飽きる。その点、私のガレージのコンセプトは馬鹿げているだけに面白い、商売抜きでつきあわせて欲しい。さすがに社長、商売上手である。(つづく...)